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 こちらは、2006年までに発行されたメールマガジンの内容です。


■ 姿勢としての手間

メールマガジンからいらした方、ここが「アタマに残る中小企業」で間違いないです。

 誕生日等にプレゼントをもらったとき、凝ったラッピングがされていて嫌な気がする人は少ない。ましてや、そのラッピングが贈主自身が行ったものであったとしたら、もらった側はとても嬉しい。男がラッピングをする機会は少ないだろうが、女性には包装紙やリボンを選ぶところから時間をかけている人が多い。

 仮に自作でなくても、プロにラッピングをしてもらったプレゼントは、お歳暮かお土産品のまんじゅうの如く淡泊に包装されたものより格段にうれしい。

■ うれしいのはなぜ?

 凝ったラッピングがされていると、それだけの時間を自分に費やしてくれた相手の気持ちが受け手に伝わる。プロにラッピングをしてもらった場合でも、「適当に包装紙で包めばいいや」という感覚ではなく、これは特別なプレゼントだということが表現されるから、もらった側は嬉しい。

 反対に、中にはラッピングに無頓着な者もいて、もらった途端に”プレゼントを覆い隠している邪魔なもの”とばかり盛大に破り捨ててしまうこともある。そうなると送った側の落胆は増幅される。

■ 手間のかかることは嬉しい

 昔の漫画では、女の子が手編みのセーターをプレゼントするというネタが多かった。男が贈る側に立った話だと、寒い冬の夜遅く、女の子が自分の誕生日の終りが迫り、独りぼっちで悲しげにうなだれているところへ窓ガラスに小さな石が当る音がする。窓を開けてみると白い息を吐きながらプレゼントを頭の上にさし上げた彼が立っている、というのが定番だった。(携帯が無いころの話)

 どちらも、手間をかけたり、寒さや時間を気にせず、自分に対して手間を惜しまなかったことに感動する。漫画でもプレゼント自体は大したことない(主人公が学生で貧乏だったりして)のだが、物の価値は関係ない。

■ 商売に通じる所がないか?

 例えば、いい感じのレストランに入ったとする。そこの観葉植物がプラスチック製だったら皆さんはどう思うだろうか?

 ここまで話してきた内容から考えると、次の展開では、

 「そりゃ、本物でなきゃ駄目だろう!」

とプラスチックの観葉植物を批判するコメントが出てくると思われるかもしれない。ところが、話はそこまで単純じゃないから面白い。

 お客さんは、それがプラスチックだろうが、ホンモノだろうが気付かないかもしれないのだ。お店に入って観葉植物を調べる人は職業的に植物を扱っている方か、植物が好きな方だけ。

 だったら、この例はなぜ出てきたのか?

■ ホンモノは手がかかる!

 もしこの植物がホンモノだったとしたら、店員の仕事は急に増える。水をやらねばならない、葉が汚れたら拭いてやらなければならない、虫が付かないように気をつけていなければならない、葉が枯れれば摘んでおかなければみっともない。店員にはこれだけの手間が増える。

 それでもこのお店がホンモノの植物を選んだということは、それだけの手間をわざわざかけててでも、ホンモノの雰囲気をお客さんに提供したいと考えた姿勢の現れになる。

 プラスチックだとどうしても”メンテナンスフリー”というフレーズがアタマに浮かんできて手抜き感を持ってしまう。(念のため、ここでは”雰囲気を大切にするレストラン”を例にしている。プラスチック製が全て駄目と言うつもりは全くないことだけは付け加えておきたい)

■ 無意識に訴えかける

 ここまでやっても、お客さんはだれ一人としてその手間に気付かないかもしれない。でも、ホンモノの醸し出す雰囲気はお客さんの無意識に常に働き掛けている。「なんか気持ち良い」とか、「雰囲気いいな〜」程度で終わってしまうことも多いかもしれないが、時にはささいな切っ掛けで気付いてもらえることもある。

 仲間と会話を楽しむうち、笑いながらイスの背もたれに体をあずけた拍子に、偶然肌に触れたその植物が生きている柔らかさをもっていることにふと気付く。よく見てみると手入れが行き届いた植物であることがわかる。葉の1枚1枚に艶がある。レンタル業者が定期的に出し入れしているのかなと思っていると、手の空いた店員が霧吹きとタオルで丁寧に拭いている所を目撃する。

 その時のお客さんの驚きはどうだろう。その店の清潔さや飾り付けが全てそこを訪れる人が楽しめるよう細かく演出した結果であることが直感的に伝わっていく。このお客さんがこの店のファンになることは間違いない。

■ 姿勢としての手間とは

 以前もここで触れたが、今どきは”笑顔”もサービスの一部ですと宣言してしまう困った企業も多い。中には、「当店は本物の観葉植物を皆様のために云々」と恩着せがましく公言してしまうこともある。

 企業の姿勢としての手間は、いつかだれかに気付いてもらえる。さもなくば、感覚的に「あの店は落ち着く」と記憶される。本当に相手のことを考えて出てくる行動は宣伝しなくても、後でしっかり効いてくる。宣伝広告で”こだわり”を訴えるのではなく、隠れた所もおさえておきたい。

 仮に気付いてもらえないとしたら、他社も同じことを行っていてその手間自体が世間的に当然の事になってしまっているか、手間をかけた場所以外の所でマイナスイメージを与えてしまっている可能性を疑おう。

 具体的に言うと、店内は奇麗なのに、トイレが汚いだとか、舞台裏(レジの奥の倉庫等)がお客さんに見えてしまって、折角の気分を台なしにしてしまったというように演出が中途半端だったりするのかもしれない。

(*こういう話題を飲食店限定の話だと考えてはいけない。あえて自分の業界に置き換えて考えてみると、応用できることが多い)

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